一人親方として働いていると、仕事が軌道に乗るにつれて「人手が足りない」と感じる場面が増えてきます。
そんなとき、従業員を雇いたいけれども、どんな手続きが必要なのかが分からないと感じている一人親方もいるでしょう。
本記事では、一人親方が従業員を雇う際に必要な手続きや注意点を詳しく解説します。
従業員を雇うことを検討している一人親方は、ぜひ参考にしてください。
Contents
一人親方が従業員を雇うことはできる?
一人親方でも、従業員を雇うことは可能です。
ただし、一人親方としての労災保険に加入している場合は注意が必要です。
一人親方が従業員を雇う際は、労災保険の特別加入条件を満たさなくなります。
その場合は、一人親方向けの労災保険ではなく、中小事業主向けの保険に切り替えなければなりません。
手続きは、加入している労働保険事務組合を通じて行うのが一般的です。
このように、一人親方が従業員を雇うことはできますが、労災保険の加入区分変更手続きなどが必要な点には注意しましょう。
一人親方が従業員を雇うときに必要な手続き
一人親方が従業員を雇う際には、以下3つの手続きが必要になります。
- 各種保険への加入手続き
- 労務に関わる手続き
- 給料の支払いに関わる手続き
それぞれどのような手続きが必要なのか見ていきましょう。
各種保険への加入手続き
一人親方が従業員を雇う際には、労働者の保護と法令遵守のために必要な保険に加入しなければいけません。
種類は、雇用保険、労災保険、社会保険の3つです。
ここでは、それぞれの保険について解説します。
雇用保険
雇用保険は、従業員が退職や育児休業をした際に、給付金などで生活を支える制度です。
対象となるのは、次の2つの条件を満たす従業員です。
- 1週間の所定労働時間が20時間以上
- 雇用見込みが31日以上
条件を満たせばパートやアルバイトでも加入する必要があります。
初めて従業員を雇うときは、事業所を設置した日の翌日から10日以内に「雇用保険適用事業所設置届」をハローワークに提出し、各従業員については翌月10日までに「被保険者資格取得届」を提出します。
手続きはハローワークで行うのが基本ですが、労働保険事務組合を通じて代行することも可能です。
労災保険
労災保険は、仕事が原因の病気や仕事中や通勤中のけがの場合に、その治療費や休業中の生活費を補償してくれる保険です。
どんなに安全管理をしていても、現場では思わぬ事故が起きる可能性があります。
そうした万一の事態に備えるためにも、労災保険への加入は重要です。
労災保険は、従業員を1人でも雇った時点で、個人事業主・法人を問わず加入が義務づけられています。
正社員に限らず、パート、アルバイト、外国人労働者なども対象です。
手続きをする際は、雇用日から10日以内に「労働保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署またはハローワークに提出しましょう。
すでに労働保険事務組合に加入している場合は、組合を通じての申請も可能です。
社会保険
社会保険は、健康保険と厚生年金保険の2つから成り立つ制度です。
健康保険は私生活における病気、けが、出産などに対応し、厚生年金保険は老後の生活、万一の障害、死亡に備えるための制度です。
どちらも、従業員とその家族の生活を守るために重要な役割を担っています。
一人親方が常時5人以上の従業員を雇っている場合、社会保険への加入が法律上義務づけられています。
また、法人化している場合には、建設業であれば従業員数に関係なく社会保険への加入が必要です。
このとき、それまで従業員が加入していた国民健康保険や国民年金を健康保険・厚生年金へ切り替える手続きも発生します。
社会保険の手続きは、所轄の年金事務所で行えます。
提出書類は、日本年金機構の公式サイトからダウンロードでき、提出方法は持参・郵送・電子申請のいずれかを選択できます。
労務に関わる手続き
一人親方が従業員を雇う際は、保険の加入だけでなく、労務に関する書類や契約の整備も不可欠です。
ここでは、一人親方が従業員を雇うときに必要な労務に関連する手続きを解説します。
労働条件通知書を発行する
従業員を雇うときには、働く条件をきちんと伝える義務があります。
働く条件を記載した書面が、労働条件通知書です。
通知書に必ず記載するべき事項(絶対的明示事項)は以下のとおりです。
- 雇用の期間
- 契約の更新ルール
- 勤務地と仕事内容
- 勤務時間・休憩・休日・残業の有無
- 給料の決め方・支払い方法・支払日・昇給について
- 退職に関すること
これらは働くうえでの基本的な条件であり、後になって「聞いていなかった」とトラブルになるのを防ぐ意味でも重要です。
参照:e-gov法令検索「労働基準法施行規則(第5条)」
雇用契約書を準備する
雇用契約書とは、従業員が働くことに同意し、事業主がそれに対して報酬を支払うという取り決めを記録した書類です。
法律上は口頭での契約でも成立しますが、後日内容をめぐってトラブルになるのを防ぐため、書面で残しておいたほうがよいでしょう。
雇用契約書には、次のような情報を記載します。
- 労働条件通知書の内容
- 試用期間の有無
- 就業規則の適用範囲
- 解雇や退職に関する取り決め
この契約書は、労働条件通知書と重複する部分もありますが、契約としての拘束力が強く、事業主・従業員双方の合意を証明する文書となります。
そのため、2部作成して双方が署名し、それぞれが保管するのが一般的です。
36協定の締結をする
従業員に残業や休日出勤をさせる場合には、「36協定(サブロク協定)」を結び、所轄の労働基準監督署へ届け出る必要があります。
この協定は、時間外労働や休日労働を法律に沿って行うためのルールを定めた文書です。
協定の締結は以下の手順で進めましょう。
- 一人親方と従業員間で残業・休日労働の時間や上限について合意
- 協定書の様式に必要事項を記入
- 一人親方と従業員代表が署名
- 労働基準監督署に2部提出(1部は控えとして返却)
協定を結ばずに残業させることは労働基準法違反となるため、必ず手続きを済ませてから実施しましょう。
なお、提出は郵送や電子申請でも可能です。
従業員との信頼関係を築くためにも、法的な手続きを正しく行うことが大切です。
就業規則を作成する
従業員が10人以上になった場合には就業規則の作成と届け出が必要です。
就業規則とは、職場のルールや労働条件を体系的にまとめた文書で、労使トラブルを防止する役割を担います。
記載すべき項目(絶対的必要記載事項)は次のとおりです。
- 勤務時間・休憩・休日・休暇のルール
- 給料の決め方・支払い方法・昇給について
- 退職のルール
就業規則を作成したら、所轄の労働基準監督署に届け出る必要があります。
その際、意見書と呼ばれる従業員代表の意見も添付します。
反対意見が含まれていても受理されますが、できる限り話し合いの場を設けて納得してもらえるよう努めましょう。
なお、従業員が10人未満であっても、就業規則を自主的に作成することで職場内のルールが明確になり、運営がスムーズになる効果もあります。
将来的なトラブルを防ぐためにも、早めの作成をおすすめします。
参照:厚生労働省「就業規則を作成しましょう」
給料の支払いに関わる手続き
従業員を雇ったら、給料をきちんと支払うための準備も必要です。
ここでは、給料の支払いに関連する手続きを解説します。
給与支払事務所等の開設届出書を提出する
従業員に給料を支払うことが決まったら、最初に行うべき手続きが「給与支払事務所等の開設届出書」の提出です。
これは、給料を支払う場所を税務署に知らせるための届け出であり、事業を始めた日から1ヶ月以内に管轄の税務署へ提出しなければいけません。
届出書の書式は、国税庁のホームページからダウンロードできます。
必要事項を記入し、税務署に郵送または持参して提出すれば手続きは完了です。
この届け出を怠ると、税務署が給料に対する源泉徴収の有無を把握できず、後々の税務処理に支障をきたす恐れがあります。
参照:国税庁「A2-7 給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」
給与所得者の扶養控除等(異動)申告書を提出する
扶養控除等申告書は、従業員が扶養している家族の情報をもとに、税金を軽減するための書類です。
提出された内容によって従業員の所得税が変わるため、正しく管理する必要があります。
この書類は入社時に従業員に記入してもらい、さらに毎年12月に翌年分を提出してもらうのが基本です。
必ず提出する必要はありませんが、税務署や市区町村から提出を求められたときのために、事業主がしっかりと保管しておきましょう。
参照:国税庁「A2-1 給与所得者の扶養控除等の(異動)申告」
源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書を提出する
給料から差し引いた源泉所得税は原則として毎月納付する義務がありますが、従業員が10人未満の場合は年2回の納付で済む特例を受けられます。
この制度を利用するには、「納期の特例の承認に関する申請書」を税務署に提出する必要があります。
申請書に記入し、税務署へ郵送または持参すれば手続きは完了です。
提出期限は特に定められていませんが、適用されるのは提出した月の翌月以降となるため、できるだけ早く提出しましょう。
特例を利用すれば月ごとの煩雑な納付手続きを減らせるため、事務負担が軽減されます。
少人数の職場には非常に便利な制度なので、導入を検討してみてください。
参照:国税庁「A2-8 源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請」
給与計算ソフトを準備する
給与の計算は、時給や月給を単純に掛け算するだけではありません。
社会保険料、雇用保険料、源泉所得税など、さまざまな控除を正確に反映させる必要があります。
給与計算は想像以上に手間がかかるので、この作業を効率化するには給与計算ソフトの導入がおすすめです。
最近では初心者向けのクラウド型ソフトもあり、自動計算や法改正への対応が簡単にできるケースもあります。
事務処理に時間を割くのが難しい場合は、専門家に外注するのも1つの方法です。
給与明細書を発行できるようにする
給料を支払う際には、給与明細書を発行する必要があります。
明細書には、基本給、手当、残業代などの支給額、社会保険料、税金などの控除額、そして最終的な手取り額が記載されます。
明細書はExcelやWordで作れますが、項目が多くミスが起きやすいため、専用ソフトを使うのが安心です。
多くの給与計算ソフトには明細書発行機能があるので、計算と同時に出力できて効率的です。
情報を正確に伝えるためにも、わかりやすいフォーマットで提供しましょう。
まとめ
一人親方であっても、従業員を雇うことは可能です。
ただし、雇用によって労災保険や社会保険の加入区分が変わるなど、各種手続きが必要となります。
雇用保険・労災保険・社会保険の手続きに加え、労働条件通知書や雇用契約書の作成、給与の支払いに関する届け出など、対応すべき業務は多岐にわたります。
従業員を雇う一人親方が労務管理の基礎を理解し、法令に沿った対応を心がけることが円滑な現場運営と信頼ある雇用につながります。