「労災保険の手続きはどうすればいいの?」
「費用はいくらかかる?」
個人事業主として初めて従業員を雇う際、このような疑問や不安を感じる方は少なくありません。
従業員を1人でも雇用した場合、事業主には労災保険への加入手続きを行う法的な義務があります。
本記事では、個人事業主が従業員のために行う労災保険の加入手続きについて解説します。
手続きの流れや保険料の計算方法、そして未加入だった場合のリスクまでまとめました。
雇用保険や社会保険との違いも整理していますので、従業員の雇用に関する不安を解消し、事業に専念するために本記事の内容をお役立てください。

Contents
個人事業主は従業員1人でも労災保険の加入が義務
個人事業主は、従業員を1人でも雇用した場合、労災保険への加入が法律で義務付けられています。
労災保険は、業務中や通勤中のケガや病気に対し、治療費や休業中の賃金を補償する公的な制度です。
正社員はもちろん、パートタイマーやアルバイトなど、雇用形態に関わらずすべての労働者が対象です。
労災保険は、労働者災害補償保険法によって、加入が義務化されています。
そのため、従業員を1人でも雇用したら、労災保険の加入手続きを行う必要があります。
個人事業主が行う従業員の労災保険の加入手続きの流れと注意点
従業員を雇用した個人事業主(一人親方を含む)は、定められた手順にそって労災保険の加入手続きを進めます。
手続きには期限が設けられており、遅れるとペナルティが発生する可能性があるため、流れを把握しておきましょう。
一人親方が初めて従業員を雇う場合は、二元適用事業所として手続きを進めることになります。
これから解説する手順をもとに、手続きを進めてください。
「労働保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署へ提出
最初に、「労働保険関係成立届」を所轄の労働基準監督署へ提出します。
届出をすることで、労働保険の加入手続きが始まります。
提出期限は、従業員を雇用した日の翌日から10日以内と短いため、雇用が決まったらすぐに準備を始めましょう。
「労働保険概算保険料申告書」を提出
次に、「労働保険概算保険料申告書」を提出し、その年度に支払う保険料の概算額を申告します。
提出先は、労働基準監督署、都道府県労働局、または日本銀行(全国の銀行や信用金庫、郵便局でも可)です。
提出期限は保険関係が成立した日から50日以内であるため、計画的に手続きを進めましょう。
概算保険料を納付
申告書の提出とあわせて、算出した概算保険料を納付しましょう。
保険料を納付することで、従業員が労災保険の給付を受けられるようになります。
納付も申告書と同じく、保険関係が成立した日から50日以内に行う必要があります。
申告書を提出したら、期限内に保険料を納付しましょう。
従業員1人あたりの労災保険はいくらかかる?

労災保険料は従業員1人あたりの定額ではなく、「賃金総額」に「労災保険料率」を掛けて計算します。
労災保険料率は、災害のリスクが高い業種ほど高く設定されています。
そのため、事務職中心の事業と建設事業では料率が異なるのです。保険料は、全額事業主が負担します。
たとえば、建築事業で従業員1人の賃金総額が年間300万円の場合、保険料は年額2万8,500円(料率0.95%)です。
毎年1回、前年度の保険料から新年度の概算保険料を申告・納付する「年度更新」の手続きを行います。
自社の業種の保険料率を確認し、従業員の賃金総額から保険料を算出しましょう。
個人事業主が労災保険のほかに加入すべき保険は?
従業員を雇用する個人事業主は、労災保険のほかに「雇用保険」と「社会保険」への加入も検討する必要があります。
それぞれ加入条件や手続き先が異なるため、内容を正確に理解しておきましょう。
雇用保険
雇用保険は、労働者の失業時の生活安定や再就職を支える制度です。
従業員が安心して働ける環境を整えるために、法律で加入が定められています。
「1週間の所定労働時間が20時間以上」で、かつ「31日以上の雇用見込み」がある従業員は、加入義務の対象です。
従業員が1人でも要件を満たせば、加入手続きを行わなければなりません。
雇用保険の保険料は、事業主と従業員の双方で負担します。
実際に建設の事業の場合、労働者の負担は0.65%、事業主の負担1.1%です。
従業員の労働条件を確認し、対象となる場合は速やかに業所の所在地を管轄するハローワークで雇用保険の加入手続きをしましょう。
社会保険
社会保険は、病気やケガ、老後の生活などに備えるための保険制度です。
従業員が5人以上いる個人事業所(一部業種を除く)では、法律により加入が義務付けられています。
しかし、従業員が5人未満の場合、従業員の半数以上の同意があれば、任意で加入することも可能です。
保険料は事業主と従業員が半分ずつ負担します。
手続きは、事業所の所在地を管轄する年金事務所で行います。
従業員数に応じて、社会保険への加入義務があるかを確認し、適切に対応してください。
個人事業主が労災保険に未加入だった場合のリスク

労災保険に未加入のまま放置すると、事業主に金銭的・法的な重いペナルティが科されます。
ここからは、労災保険に未加入の場合に起こりうるリスクについて解説します。
事業を適切に続けるためにも、どのようなリスクがあるのかをしっかり把握しておきましょう。
保険料の一括徴収に加えペナルティ分が請求される
労災保険の未加入が発覚すると、過去の保険料と追徴金が一括で請求されます。
本来納めるべき保険料を支払っていないことへの罰則となるからです。
最大で2年間さかのぼって保険料を徴収され、ペナルティとして本来の保険料の10%にあたる追徴金も上乗せされます。
労災事故が起きていなくても、未加入という事実だけで金銭的な負担が生じます。
未加入期間が長くなるほど負担は増えるため、速やかな手続きが必要です。
故意や重過失の場合は労災給付金を徴収される
未加入期間中に労災事故が起きると、国が支払った保険給付額の一部または全額を事業主が負担しなければなりません。
行政から加入指導を受けても従わなかった場合は「故意」とみなされ、給付額の100%が請求されるリスクがあります。
また、指導がなくても未加入期間が1年以上続いている場合は「重大な過失」とされ、給付額の40%を負担する必要があります。
万が一の事故で多額の費用を請求されるリスクもあるため、労災保険には加入するのがおすすめです。
悪質なケースでは刑事罰が課される
悪質なケースでは、刑事罰の対象となる可能性があります。
労働保険徴収法に「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」と罰則規定が設けられています。
行政からの再三の指導に従わないといった、事業主の対応が悪質と判断された場合に適用されるおそれがあるため注意が必要です。
法律違反として罰せられる事態を招かないよう、誠実な対応を心がけましょう。
従業員を雇用したあと一人親方は労災保険に加入できる?
従業員を雇用したあとも労災保険への加入は可能です。
ただし、立場が「一人親方」から「中小事業主」に変わるため、中小事業主としての特別加入に切り替える必要があります。
従業員のための労災保険は加入義務がある強制保険です。
一方、事業主のための労災保険は「特別加入」という任意加入の制度になります。
事業主の万一のケガに備えるためにも、特別加入に切り替えることが望ましいです。
切り替え手続きは、現在加入している労働保険事務組合に相談して進めます。
ご自身の立場が変わることを認識し、特別加入の切り替えの手続きをしましょう。
個人事業主・一人親方のための労災保険Q&A
ここでは、個人事業主や一人親方がいだきやすい労災保険に関する疑問にお答えします。
よくある質問への回答を参考に、事業運営にお役立てください。
Q1. 個人事業主が支払った労災保険料は税金の経費になりますか?
事業主が負担した労災保険料は、全額を必要経費として計上できます。
事業を運営するうえで、必要な支出と認められるためです。
従業員のために支払った保険料は、会計処理上「法定福利費」という勘定科目で扱うのが一般的です。
また、事業主自身が支払った特別加入の保険料も、同じく事業上の経費として認められます。
支払った労災保険料は経費計上し、税務処理を適切に行いましょう。
Q2. 従業員が新たに増えた場合はどうすればよいですか?
労災保険は事業所単位での加入のため、従業員が増えるたびに特別な手続きを行う必要はありません。
保険関係はすでに対象の事業所で成立しているため、個別の手続きは不要です。
ただし、雇用保険の加入要件を満たす従業員が増えた場合は、その都度ハローワークで「資格取得届」の提出が求められます。
従業員が増えて賃金総額も増加しますが、増加分の保険料は次回の「年度更新」で申告・精算します。
しかし、賃金総額が大幅に増える見込みのときは、増加した日から30日以内に「増加概算保険料」の申告と納付をしなければなりません。
労災保険自体の手続きは不要ですが、雇用保険の手続きや年度更新での精算を忘れないようにしましょう。
Q3. 従業員を一人親方扱いすることはできますか?
雇用関係にある従業員を、形式的に業務委託(一人親方扱い)にすることは認められません。
これは「偽装請負」と呼ばれ、労働基準法に違反する行為です。
偽装請負と判断されると、事業主には社会保険料の遡及支払いを命じられるなど、重いペナルティが科される可能性があります。
雇用か業務委託かの判断は、契約形式ではなく、指揮命令関係の有無など、働き方の実態にもとづいて行われます。
法律違反のリスクを避けるため、労働実態に合った正しい契約を結びましょう。
まとめ
この記事では、個人事業主が従業員を雇う際の労災保険について解説しました。
手続きには期限があり、関連する雇用保険や税金の知識も必要です。
従業員を雇用する個人事業主、特に一人親方にとって、労働保険に関する正しい知識を持つことは、大切な従業員とご自身の事業を守るうえで不可欠です。
もし手続きに不安を感じる場合は、労働保険事務組合へ相談することをおすすめします。
適切な手続きを行い、万が一の事態に備えましょう。
